開催中の展覧会情報
2026年 春季展

2026年3月12日〔木〕~2026年9月13日〔日〕
開館時間 9:30~17:00(入館は16:40まで)
休館日=月曜日(祝翌日休館)、年末年始
入館料=大人500円/大学生・高校生400円
小中学生300円/未就学児 無料
団体(15人以上)100円引
樂焼玉水美術館(堀川通寺之内上ル、入館料300円)
との共通券 700円
開館時間 9:30~17:00(入館は16:40まで)
休館日=月曜日(祝翌日休館)、年末年始
入館料=大人500円/大学生・高校生400円
小中学生300円/未就学児 無料
団体(15人以上)100円引
樂焼玉水美術館(堀川通寺之内上ル、入館料300円)
との共通券 700円
ごあいさつ
十六世紀後半、日本は動乱と再編のただ中にありました。その激動を制し「天下人」になったのが豊臣秀吉です。本展は、秀吉を単なる軍事的覇者ではなく、政治と文化の両面から天下を再編し新たな秩序を築いた人物として再考します。
秀吉は、信長の「草履取り」だったという伝承があるほど低い身分からキャリアをスタートさせました。譜代の家臣も有力な親族もいないため、天下の統御には武将や文化人との結びつきが不可欠でした。「羽柴」「豊臣」という名字の下賜などを通じて彼らを政権構造に組み込み、広大な人的ネットワークを形成していきます。茶の湯を大成した千利休、それを継承・展開した古田織部、公家と武家を橋渡しした細川藤孝(幽斎)。王権の象徴である後陽成天皇。なにより徳川氏を筆頭とする戦国を生き抜いた武将たち。本展で展示する作品群は、これらの人物を結節点とする広大なネットワークを浮かび上がらせます。
とりわけ注目されるのは、繰り返し現れる「菊桐」の意匠です。菊は天皇家を、桐は豊臣家を象徴します。つまり、王権と接続したことで自らの武家政権が正統であることを主張する視覚的装置だったのです。器物にあしらわれた菊桐文様は、単なる装飾ではなく、権力の所在を示し、秩序を可視化する強い政治的意志が籠められていました。
また、黄金の多用も桃山文化の特徴ですが、黄金は富の象徴であると同時に、その財力を背景とする権威と権力の象徴でした。黄金の茶道具や蒔絵の什器、屋根を飾った金箔瓦。黄金の光を帯びた器物は、やはりそれを用いる者の権威を視覚的に示したのです。
また、北野大茶会や聚楽第行幸に象徴されるように、秀吉は大規模な儀礼を通して新たな秩序を演出した一方で、小さな茶室においても、名物を用いただけでなく、客を招くという行為そのもので序列を明確化し、権威を誇示したのです。
本展が提示するのは、「桃山美術」の華やかさだけではありません。通底するのは、権力がいかに美を創出し、それを用いることで、いかに社会を変革したかという問いです。まさに、秀吉が権力を握っていた桃山時代は、日本文化史上の大きな転換点でした。
また、秀吉が築いたネットワークは、同時に古田織部にとっても重要な意味を持っていました。織部の門弟の多くが、その中で重要な地位を占めていたのです。たとえば島津義弘は九州に覇を唱えた実力者でした。また、織部にとって最も信頼できる弟子だった毛利秀元は、五大老の一人毛利輝元の養嗣子でした。これらネットワークは、織部が茶の湯で天下を制する基盤でもあったのです。
本展では、これらの人々にゆかりのある品や、桃山文化の特色が色濃く表れた作品を展示します。それぞれは独立した作品ですが、相互に響き合いながら一つの時代像を描いています。「桃山」という、特筆すべき時代の深層にまで思いを馳せていただければ幸いです。
秀吉は、信長の「草履取り」だったという伝承があるほど低い身分からキャリアをスタートさせました。譜代の家臣も有力な親族もいないため、天下の統御には武将や文化人との結びつきが不可欠でした。「羽柴」「豊臣」という名字の下賜などを通じて彼らを政権構造に組み込み、広大な人的ネットワークを形成していきます。茶の湯を大成した千利休、それを継承・展開した古田織部、公家と武家を橋渡しした細川藤孝(幽斎)。王権の象徴である後陽成天皇。なにより徳川氏を筆頭とする戦国を生き抜いた武将たち。本展で展示する作品群は、これらの人物を結節点とする広大なネットワークを浮かび上がらせます。
とりわけ注目されるのは、繰り返し現れる「菊桐」の意匠です。菊は天皇家を、桐は豊臣家を象徴します。つまり、王権と接続したことで自らの武家政権が正統であることを主張する視覚的装置だったのです。器物にあしらわれた菊桐文様は、単なる装飾ではなく、権力の所在を示し、秩序を可視化する強い政治的意志が籠められていました。
また、黄金の多用も桃山文化の特徴ですが、黄金は富の象徴であると同時に、その財力を背景とする権威と権力の象徴でした。黄金の茶道具や蒔絵の什器、屋根を飾った金箔瓦。黄金の光を帯びた器物は、やはりそれを用いる者の権威を視覚的に示したのです。
また、北野大茶会や聚楽第行幸に象徴されるように、秀吉は大規模な儀礼を通して新たな秩序を演出した一方で、小さな茶室においても、名物を用いただけでなく、客を招くという行為そのもので序列を明確化し、権威を誇示したのです。
本展が提示するのは、「桃山美術」の華やかさだけではありません。通底するのは、権力がいかに美を創出し、それを用いることで、いかに社会を変革したかという問いです。まさに、秀吉が権力を握っていた桃山時代は、日本文化史上の大きな転換点でした。
また、秀吉が築いたネットワークは、同時に古田織部にとっても重要な意味を持っていました。織部の門弟の多くが、その中で重要な地位を占めていたのです。たとえば島津義弘は九州に覇を唱えた実力者でした。また、織部にとって最も信頼できる弟子だった毛利秀元は、五大老の一人毛利輝元の養嗣子でした。これらネットワークは、織部が茶の湯で天下を制する基盤でもあったのです。
本展では、これらの人々にゆかりのある品や、桃山文化の特色が色濃く表れた作品を展示します。それぞれは独立した作品ですが、相互に響き合いながら一つの時代像を描いています。「桃山」という、特筆すべき時代の深層にまで思いを馳せていただければ幸いです。
展示品目録
| No | 作品名 | 作?者 | 箱 書 | 日付・宛先・銘・文句 | 制作年代 |
| 1 | 茶湯道具立 | 豊臣秀吉(1537~98)筆 | 古筆了伴極札 | 九月廿六日付 | 桃山時代 |
| 2 | 『松屋名物集』 | 良済 写 | 安達雲斎家伝来 | 江戸時代中~後期 | |
| 3 | 聚楽懐紙写 | 豊臣秀吉・秀長・秀次詠歌 | 「夏日侍 行幸聚楽第同詠 寄松祝和歌」 | 江戸時代前期 | |
| 4 | 黄金写 茄子茶入 | 桃山~江戸時代 | |||
| 5 | 〃 天目茶碗 | 出雲北島国造家伝来 高橋梅園折紙 | 〃 | ||
| 6 | 〃 肩衝茶入 | 銘「柳浦」 宇佐神主家伝来 | 〃 | ||
| 7 | 〃 天目茶碗 | 〃 | |||
| 8 | 菊桐蒔絵 梨子地 天目台 | 江戸時代初期 | |||
| 9 | 金箔押 小瓢 | 桃山~江戸時代 | |||
| 10 | (朝鮮国王より)豊臣秀吉所持写 真珠埋込刺繍団扇 | (千草屋)平瀬露香旧蔵 林文波添幅 | 明治時代 | ||
| 11 | 唐獅子(虎)頭 | (子爵)木下俊煕折紙 | 「富田一白(知信) 豊臣秀吉より拝領」 | 安土桃山時代 | |
| 12 | 秀吉所持 高麗 銀箔押 乾漆 虎枕 | 朝鮮国王―豊臣秀吉―方広寺伝来 | 朝鮮王朝時代中期 | ||
| 13 | 豊公形(伝来写)竹柄杓 | 13代黒田正玄 造 | 平成時代 | ||
| 14 | 秀吉好写 瓢箪 柄杓 | 寿山翁 造 | 3代木津宗泉箱書付 | 大正時代 | |
| 15 | 大坂城古材 四方盆 | 桃山時代(仕立 江戸時代) | |||
| 16 | 秀吉好 利休写 眉風炉 切形 | 「殿様 御釜」 「休(利休)ウツシ(写)」 |
桃山時代 | ||
| 17 | 〃 炮烙釜用 前欠風炉 切形 | 「タウウツシ(写)」 「上様ホウロク(炮烙)釜」 |
〃 | ||
| 18 | 神号一行書 | 豊臣秀頼(1593~1615)筆 | 「豊国大明神」 | 〃 | |
| 19 | 和歌 色紙 | 〃 | 古筆了延極札 | 〃 | |
| 20 | 書状 | 古田織部(1543~1615)筆 | (慶長十六年)卯月二十三日付 | 江戸時代初期 | |
| 21 | 北野大茶湯図 | 乾 梅亭 筆 | 昭和時代 | ||
| 22 | 『聚楽行幸記』 | 今出川(菊亭)家旧蔵 写本一冊 | 江戸時代中期 | ||
| 23 | 菊桐地紋 糸目 矢筈釜 | 名越弥右衛門 造 | 高台寺時雨亭伝来 | 江戸時代前期 | |
| 24 | 菊桐に花筏蒔絵 黒塗炉縁 | 桃山時代~江戸時代前期 | |||
| 25 | 菊桐蒔絵 黒大棗 | 桃山時代 | |||
| 26 | 〃 三階菱紋 小棗 | 〃 | |||
| 27 | 菊桐沢潟紋蒔絵 桑木地 白粉解香合 | 〃 | |||
| 28 | 綾杉囲 秋草菊桐高台寺蒔絵 錫縁 黒塗 小箱 | 〃 | |||
| 29 | 鍍金 菊唐草彫 灰押 | 桃山~江戸時代 | |||
| 30 | 菊桐蒔絵 梨子地 杓立 | 桃山時代 | |||
| 31 | 〃 黒塗 飯器 | 江戸時代前期 | |||
| 32 | 〃 梨子地 杓子 | 江戸時代前~中期 | |||
| 33 | 〃 梨子地 酒次 | 〃 | |||
| 34 | 〃 柄 赤熊 采配 | 桃山時代 | |||
| 35 | 茄子形 手取釜 | 2代下間庄兵衛(?~1800)造 | 蜂須賀家伝来 | 江戸時代後期 | |
| 36 | 勘返状 | 近衛信尹・玉室宗珀 両筆 | 古筆了音極札 (慶長十九年)某月二十六日付 | 江戸時代初期 | |
| 37 | 黒田如水茶堂定 三ヵ条写 | (大徳寺 芳春院)忍道宗延 筆 | 江戸時代後期 | ||
| 38 | 萩 掛分 沓形茶碗 | 初代坂高麗左衛門(1568~1643)造 | 桃山時代~江戸時代初期 | ||
| 39 | 古高取 斑唐津 三筋 沓形茶碗 | 小山富士夫箱書 | 「ニ」の窯印有 | 〃 | |
| 40 | 書状 | 毛利秀元(1579~1650)筆 | 五月十八日付 | 桃山時代 | |
| 41 | 毛利秀元所持 安南 樽形茶入 | アユタヤ王朝時代中期 | |||
| 42 | 「織部切形」 十字割高台茶碗 | 朝鮮法基里窯 | 17世紀初頭 | ||
| 43 | 〃 三割高台茶碗 | 〃 | 〃 | ||
| 44 | 竹茶杓 | 古田織部(1543~1615)作 | 慶首座 筒書 碌々斎宗左箱書付 | 桃山時代 | |
| 45 | 書状 | 千 利休(1522~1591)筆 | 啐啄斎宗左 箱書付 | 十二月廿七日付 古田織部宛 | 〃 |
| 46 | 和歌 懐紙 | 徳川秀忠(1579~1632)筆 | 古筆了信極札 | 江戸時代初期 | |
| 47 | 義弘緞子(『古裂帖』より) | 湯浅家伝来 | 桃山時代 | ||
| 48 | 伏見城古材 四方膳 | 〃 | |||
| 49 | 薩摩 白釉 島津義弘御判手 割高台茶碗 | 〃 | |||
| 50 | 薩摩 白釉 茶碗 | 「慶長五歳(1600年)島津義弘」銘 | 江戸時代 | ||
| 51 | 薩摩 肩衝茶入 | 桃山時代 | |||
| 52 | 豊臣秀吉公 葬儀参列順位 巻 | 江戸時代中~後期 | |||
| 53 | 鎮宅霊府 神鈴 | 江戸時代 | |||
| 54 | 金箔 唐草文 軒平瓦片 | 桃山時代 | |||
| 55 | 宸翰 一行物 | 後陽成天皇(1571~1617)筆 | 「雪月花」 | 江戸時代初期 | |
| 56 | 和歌 短冊 | 細川藤孝(1534~1610) 筆 | 上野寛永寺伝来 | 桃山時代 | |
| 57 | 文禄二癸巳年十月五日於禁裏御能組 巻 | 江戸時代前期 | |||
| 58 | 銀箔押 色々革 菱綴 伊予札二枚胴 | 桃山時代~江戸時代初期 | |||

